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日々雑感

幸せは日々の、雫のような時のなかにある。
毎月、つれづれなるままに・・・
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時間の粒
 

日々雑感           渡辺範子

  倉庫から葦簾を出しながら、「あらあ、この匂い なんだか懐かしい」  と岡部先生の幸せそうな声。

「ほんとうに」 真っ黒に一年分の埃をためたポリ袋をはずしながら

私も遠い昔に運ばれて行くような不思議な感覚にとらわれた。

閉じ込められていた過去の時間の粒が、埃にのって舞い上がり

かぐわしい匂いを立ち込める。

いや、こんなとき芳しいは相応しくないのかもしれないが、二人ともなんだか幸せで顔を見合わせて喜んでいる。

この時間の粒に魔力が・・・・なんていうつもりはないのだが匂いの感覚、記憶のよみがえりに驚いた。

 

子どもの頃、季節のたびに家の趣が変わった。

夏が来ると母は簾をかけ、夜店でつり忍を買い求め、玄関の衝立を葦製に変えた。簾が縁側にかかり、蚊帳が出されて、夕涼み用の縁台が出されて・・・などと書くと、どんなお邸かと想像されるだろうか、下町の棟割長屋で、玄関から6畳間を通って縁側、

小さな裏庭へひと息するまに到着する。

大雨が降ると土管の不備でたちまち浸水というような家、

玄関の左側は2階への階段、階段下の押入れは木の引き戸、

この引き戸に向かって逆立ちの練習をした覚えがある。

2階の押入れに母の嫁入り道具の長持ちが入っていた。

あれこそは無用の長物、いつの間にかなくなっていたが何処へ行ったのだろう。私が結婚して家を出て、妹と弟で2階の二間を使うようになってからのことだから、長い間小さな家にふさわしくない大荷物が置かれていたのだ。母にとっては戦災から逃れた大切な

思い出の品だったのだろう。

裏の物置は父のお手製で2畳程度の面積、そこに季節のものが入っていたのだから、その程度のものなのだ。

他所様のお邸で「蔵から出して、障子も全て夏のものに衣替え」というのとは、雲泥の差であった。

それでも母は、ささやかな模様替えを楽しんでいた。

風鈴。釣りし忍。袖垣。打ち水。

お便所、そうトイレとはいわないご不浄でも雪隠でもなく下町では当然お便所という。そのお便所の傍に石の手水鉢、小さな庭、母はそこに風鈴をかけ幅の狭い、45センチほどの袖垣を買い求め父に据えてもらった。釣り忍が軒に涼を運ぶ。

手水鉢の水を取り替える。水の入る丸い所を綺麗に洗って最後にざあっと溢れるほどの水をそそぐのだ。なんだか気分爽快。

「手水鉢の下に父と石を並べセメントを敷いて、小さな金魚の池をつくったわねえ」と妹が言う。

「古い紗の着物が夏の暖簾になって台所の入り口にかけられた」「盥で行水したでしょう」でおおいに盛り上がったが、「蚊帳は覚えていない」と妹は言うのだ。

そんなことないでしょう6畳間につってみんなで寝たのに、あら生れていなかったの?」「さあ、しらない」で大笑いをした。 

 蚊帳は6畳間長押の4隅の釣り金具に引っ掛けてつるす。

空想の世界に浸れる部屋いっぱいの別世界だ。

行水の後、白いひんやりしたクリームを汗疹よけに、鼻の頭に延ばしてもらった子どもたちは寝る時間、蚊帳の中へ吸い込まれていく。外では大人たちの夕涼みがまだ続いていて、時々笑い声が聞こえたりする。団扇片手に涼を取る向こう三軒両隣。

クーラーなんてない頃、扇風機よりも外の風が気持ちいい頃、

道端に縁台を出しても車など通らない頃、日が落ちて打ち水をして・・・・書いているうちに猛暑の異常が和らいできた。

  皆様、猛暑お見舞い申し上げます。




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