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日々雑感

幸せは日々の、雫のような時のなかにある。
毎月、つれづれなるままに・・・
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卒園の子等
 

 卒園生が会いに来てくれたり、手紙をくれたりする。

一緒に相撲をとった、駆けっこをした、散歩、川遊び、泥んこ遊びよく笑った、泣いた、悩んだ。

子ども世界を私に示し、堪能させ、なお永遠の今を感じさせる

子ども時代を共に過ごした。


先日の講演会の日訪ねてくれたのは、教職を目指すkさん。

「くみなあ、くみなあ、ないたるから!」と宣言してから、天地が割れるような泣き声で「ウワーン!」となる。喧嘩相手も退散した、

まあるい目のおかっぱさんが美しくなっていて驚いた。

 もうひとりは保育士のYさん「かりかりおちゅけものも」のゆりちゃんだ。カレー作りの材料を子どもたちに買いに行かせた時のことだ。思いついて福神漬けを買おうとお店の奥さんに伝えるのだが「かりかりおちゅけもの」でなかなか伝わらず、なんども言いいつづけとうとう目的を果たし、予定外の福神漬けが私たちの口に入ったのだった。

 手紙をくれたのは、二人の子どものお母さんになったTさん。

相撲ごっこの列に何度も並んでいた。抱っこ勝ち、頬づり勝ち、私の勝ち手は、押し出しや寄り切り以外の特別なのがあって、子どもたちが喜んだ。「はっけよいのこった!」を合図に飛び掛かってくるときの、あのこぼれるような笑顔が今も浮かぶ。

 実習のオリエンテーションにやってきたのはYさん。サンタクロースから届いたぬいぐるみにつけた名前はスージーとマドレーヌ大好きな絵本の主人公と同じだった。

黄色くなった古いわら半紙の絵を見せてやった。

「のりこせんせいへ ゆかより」幼い可愛い文字、15年前の彼女がそこにいる。折りたたんだ何枚もの絵は小さな幼児の愛の形で

捨てられず我が家の机の引き出しで眠っていたのだ。

 遅ればせながら開通したメールには、素晴らしブログが届いた。三兄妹が卒園後、ご一家で北海道に移住したKさん一家の今が画面に広がっている。子どもたちは成長しそれぞれの生き方をしっかり見付け世界に飛び出している。自然と同化し知恵のある見事な生き方をなさっている。長男Tくんの木登り。次男Kくんの運動会、高い三角山に登る決心がつくのを皆で見守った。心のこもった長い長い時間がすぎてとうとう登りきったときの満足げな顔が忘れられない。末っ子Hちゃん、北海道転出前の「ほなちゃんのための一人の卒園式」を開いた。

子どもの中の心の時間を大切にしたいと思ってきた。

それを応援してくださる大人社会、それがやまのこ家族だと今も思っている。


 23、24年の2年間、福音館「母の友」園景色に連載させていただいた。「子どもの深さ、広やかさ、人として」をありのまま伝えたいと思って書いた。

出会った子等を通して、 私の心の底を流れる変わらないテーマ「子ども世界に学ぶ」を書いたつもりだが、拙い表現力は目の前で指し示してくれる子どもの表現には程遠い。


 45年前、未熟な母となった私に襲い掛かった試練、3歳の息子の不治の病に戸惑い絶望し揺れ動いた私を救ったのは、二人のわが子だ。遊ぶ二人の満面の笑みは決して無知ゆえの明るさではなく未来を見据え、まさに今を生ききっている命の見事さだと感じた。保育士となり、出会った子どもたちにも力を与えられた。

大人はもっともっと子どもに見とれてほしい。

限りない自然性に目をむけてほしい。



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